まつもとじゅんとあらしのOTKです。
ナラタージュ 感想 〜番外編〜

JUGEMテーマ:



JUGEMテーマ:ジャニーズ











最後の番外編では作品の外枠について言いたいことをw






■一番好きだった人を思い出す
この作品のキャッチコピーですが、私の場合はNOでしたwたぶん完全に封印してしまって二度と思い出したくないからだと思いますがw相手は思い出しませんでしたが、20歳前後の痛い恋愛をしていた自分の必死さは思い出したかなぁ。今思うとあの時の自分は幼稚で愚かで滑稽でした。でもそれは時を経た今だから言えることで、当時は必死なんですよね。必死で相手を乞いていたと思う。その感覚は思い出しましたね。



■女流作家
役者編にも書きましたが、葉山に重なって見えたのは「東京タワー」の耕治でした。江國香織嬢の原作です。今回の原作も女流作家の島本理生嬢ですが、いつぞやの元旦の新聞小説(現代作家が短編で描いた嵐)も松本氏は川上未映子嬢でした。繊細なイメージが女流作家作品と合うのかなぁ。でもいつも(漫画も含めて)原作者は松本氏のキャスティングに納得しているようないないようなコメントでwキャスティング段階での絶賛はあまりないような気が。男性作家の原作は「陽だまりの彼女」と「バンビ〜ノ!」くらいでしょうか。武骨な男性作家の作品を演じる松本氏も観てみたいです。



■「映画=エンタメ」「映画=停滞」
前者が小川P、後者が行定監督の言葉です。さてこの作品にエンタメの要素はあるのでしょうかw小川Pはキャスティングがそうだと何かのインタビューで仰っていましたが、・・・そうか?w3人がパブリックイメージと真逆の役を演じることがエンタメってことなんでしょうかね。それをエンタメとするのはこじつけというか何か違う気がして納得できないでいます。断然賛同できるのは監督の「映画は基本的に停滞を描くものだと思っている。そこに何かがあるかもしれないと思って掘っている状態」という考えです。作品編で散々書きましたが、この作品は泉の回想であり、整合性やカタルシスはありません(ラストシーンはカタルシスと言えるのかもですが)。それこそ整合性やカタルシスを求めるのがエンタメ作品だと思うし。時間軸も場所も整合性がなく、そんな中で行く先もなく停滞している葉山と泉。そんな停滞が葉山が泉に託した懐中時計によって動き出す。懐中時計が受け継がれ、朝日に照らされる泉。動き出した時間(←こう考えるとやはりカタルシスか?)。ああ〜映画って監督の物なんだなと思いましたね。実際パンフレットで監督は「原作物の映画化の場合はキャストを自分の考えに引きずり込んで巻き込むしかない。そのためにキャストたちにどういう環境を与えてあげられるか」と語っています。映画監督という業を感じます。
余談ですが、ヲ友嬢と「どうして映画監督は松本氏をダサい役にしたくなるのか?」と話してたんですが、「陽だまり」今作ときて、もしや小川Pがそういう松本氏が好みなのかと思いましたwそしてふっと浮かんだのが女性監督なら松本氏をどう撮るのかなということでした。これはかなり観てみたいです。



■今の少し先を行くこと
ネガティブ面に触れるので先に謝っておきます、すみませんw作品編役者編に書いたように作品、役者は本当に素晴らしいです。しかしそれ以外特に興行面に目を向けるとどれも微妙にズレている気がします。Pも監督はこの作品をメジャーにするために松本氏が必要だったと仰っていましたが、いまいち納得いかないというか。なんで?嵐だから?wそれは過信じゃないでしょうか。題材を聞いた時からド素人の私でもまず万人向けは無理だと思いました。最初の触れ込みは「過激なラブシーン」を押していたと思います。もちろんきっかけは何だっていいので、そこを売りにするのには賛成なんですが(松本氏=エロスはアイコンの一つ)、そうなると人と観るのが気まずいですよね。親子連れ、家族はもちろん恋人同士、小中高校生、女同士も微妙な感じだし(劇場は結構女性同士が多かったですが)、ターゲットがぼやけます。私のような妙齢のお一人様になるの?wそれに映画ファンや原作ファンが食いつくとは思えないアイドル映画に見えそうなキャスト。メジャーと言えども300館には満たない劇場数などなど。全てがズレていて中途半端な気が。また構想から12年かかり実現というのは嬉しいことである反面、10年以上(一時代)前の作品と今の時代のズレが生じますよね。昨今の不倫に対する批判的な見せしめ報道の加熱+年末事変もありました。もちろん年末事変は寝耳に水でしょうし、不倫=悪という過熱報道もここまでになるとは思えなかったかもしれません。でもだからこそ「ボクらの時代」の野田氏の「今の時代を無視できない。皆今が好き。ちょっと時代の先を読む」話が刺さります。一介のヲタが書き出すだけでもこれだけ疑問点があるのに、この作品がヒットしなければもうヒット作は作れないみたいなことを監督に言われてしまうと、ただのヲタなのに重い負担を感じるというかwそれこそエンタメとして楽しめないですよwその部分でもやはりエンタメ作ではないなと思います。







案の定最後は文句が出てしましましたがw、それでもこれだけ感想が書けました。鑑賞回数を重ねたらまた加筆するかもしれません。一般の方や映画好きな方の感想、また評論家の方の感想を読むのも楽しいです。様々な意見、見方があって興味深いです。
posted by rico | 06:00 | | comments(0) | - |
ナラタージュ 感想 〜役者編〜

JUGEMテーマ:



JUGEMテーマ:ジャニーズ




















作品編に続いて、役者編です。3人の役に関する感想などを。ネタバレを含みます。






■葉山as松本潤
松本氏が演じたのは「幸せを放棄した孤独な中年」の葉山です。・・・こうやって書いてて凄いなと思いました。キラキラアイドルと対極にある「不幸」「孤独」「中年」というワード。いや〜よく演じましたよね。役者として新境地という評価や本人が今までにないと言うのも納得です。
全編通して「老けたな」という印象でしたwファーストカット(予告にもある雨の車の中のシーン)は美しかったですが、あんまり綺麗に撮られていないですよね。女優ライト的な物を使われていないと言うか(これは松本氏のみならず登場人物全員がそう)。それこそ小野との対比でもあるんですが、小野の若さ(行動も肉体も)がある意味眩しいので、葉山の若さを失った「中年感」が浮き彫りにされてしまうんです。葉山は父が幼少の頃に出て行き(これはラストの懐中時計を泉にあげるシーンで明かされる)、母を妻に殺されそうになっています。妻を責めることもできたのに、そんな風に追い詰めてしまったと捉え、自分に対し「罪の意識」を抱いています。「罪の意識」と共に「老い」と「孤独」を背負ってしまったようにも見えました。葉山は自分が幸せになってはいけないと思っているように見えます。松本氏も「葉山は自分の生きてきた道を一度外れることを選んだ人」だと言っています。「幸せを放棄する=意志を持たない」だから義父に「東京に戻ってきてほしい」と言われたらそれに従う。泉に対しても彼女の問いに答えているだけで意志を持たないように見える。でもお見舞いに行ったり、電話をかけたり思わせぶりなことをする。その矛盾に気付いているのかいないのか。パンフレットの行定監督と山戸監督の対談で、山戸監督は「松本さんにとって(この役は)過酷でありながら、きっと幸福ですよね」とコメントしています。行定監督が松本氏に与えた負荷は松本氏の大きな財産になったと思う。今後の役者人生に強く影響する役だと思います。
葉山を観ながら、思い出したのは「東京タワー」の耕治でした。公開が2014年でちょうど12年前なんですよね。同級生の母親を射貫くシーンが白眉なんですが、あの200%の耕治の目と40%の葉山の目が不思議とダブって見えて。本人も恋愛物をやり尽くしたと言っていましたが、耕治から12年(その前にきみペもありますが)。やり尽くしたからこそできた葉山なのかなと思いました。



■泉as有村架純
主演女優賞です!高校生、大学生、社会人をうまく演じ分けていましたし、少ない台詞なのに表情だけで泉の心情が伝わってきました。一番好きな表情は葉山の話を聞きながら雨の中を運転しているところです。結構長いシーンですが、一切顔が動かないんですよ。表情がない=能面ってああいう顔なんだなと思いました。あの能面のような顔がどう動くのか、ドキドキしながら見守りました。架純嬢はインタビューで監督に「ブサイクと言われたのが嬉しかった」と語っていましたが、「ブサイク」に見えるシーンはなかったなぁ。かといって↑にも書いたように特別綺麗に撮ってもらっているというわけでもないんですが、怒りや乞いの表情がリアルで、どうしようもない苛立ちなどがよく出ていたし、対極にある葉山を包み込む聖母のような顔も印象的でした。あとは足ですね。表情が見えていなくても、泉の足が雄弁に語ります。そして全ての泉のシーンから葉山の存在を感じるんですよね。おそらくこの作品を観た者が引きずってしまう何とも言えない気持ちがは、泉から感じる葉山なんですよね。泉同様葉山を回想してしまう。難しい役だったと思います。そりゃ松本氏を待ち受けにするくらいしないととても役作りはできないだろうなと思いました。撮影中、東京と富山を行ったり来たりする松本氏本人が葉山との距離感に繋がっていると言っていました。元々芯のある肝の据わった女優さんというイメージでしたが、役と向き合って生きる女優魂、素晴らしいです。



■小野as坂口健太郎
若さ故の傲慢さと愛憎。いや〜、3人の中では最も気持ちが分かるというか共感に近かったかもしれません。あまり小野を酷いと思えないんですよね。わかりやすい人だと思います。好きだから独占したい、若いからすぐ思ったことを言って突っ走る、でも途端に後悔する。土下座させる→靴を脱がす→やっぱり履いていけと言うなんて正にそうですよね。彼の様子では葉山と直接対峙しに行くんじゃないかなと思ったんですが、意外とそれはなかった。唯一葉山に見せた抵抗が病院から泉と二人で強引に帰るところですよね。でも皮肉ななことにそこで泉も葉山も、お互いを呼んでしまったんですよね。元々小野は明るい普通の若者だと思います。なので数年後泉とのことを思い出し、あの時もっとああすればよかったなと悔やむと思います。多くの人がそうであるように。一番素直に上手に大人になる人じゃないかなぁと思います。





3人に共通して言えるのはアイドル、清純派女優、イケメン俳優・・・そんなものをかなぐり捨てて役を生きていたと思います。3人とも何年後もこの先ずっと「ナラタージュ」で描かれている恋愛を思い出すと言っています。観客に強烈な印象を残したように3人の役者人生にも強烈に残る作品でありますように。
posted by rico | 23:15 | | comments(0) | - |
ナラタージュ 感想 〜作品編〜

JUGEMテーマ:



JUGEMテーマ:ジャニーズ


























観てきました。本当は初日にヲ友嬢と舞台挨拶中継を観る予定だったんですが、体調が悪く泣く泣く断念。ヲ友嬢の温かな言葉が沁みました。ありがとう。週末は回復に努め、仕事帰りに観てきました。観終わって、映画館から駅までの道、車中、帰宅後、ずっとズシーンとしてました。葉山と泉の思いが重くのしかかってました。電車の中で感想の下書きをするつもりだったんですが、書く気が起こらなくて。時間を取って、じっくり向き合わないと書けないなぁと。久しぶりに長文を書きたいですが、まとめるのが難しい。長くても伝わらない気もするし。でも簡潔に書こうとしても「どうだった?」と聞かれ「○○だったよ!」と答えられない作品ですよ、コレ。「面白かった」でも「悲しかった」でも「泣けた」でも「切ない」でもどれも言い当てているとは言えなくて。うまく書ける自信がないですが、思ったことを少しずつ残していきます。

以下、ネタバレ満載の勝手な感想です。原作は発売された当初に読んでいますが、ほとんど覚えていませんので、映画のみの感想となります。作品編、役者編、番外編の3部作でいきたいと思います。









■回想
この作品はタイトル通り、泉の回想とナレーションで描かれています。なので時系列や場所が曖昧なんですよね。時間も現在、高校時代、大学時代と入れ替わります。大学時代の携帯はガラケーです。社会人の泉には後輩がいる。そこから何となく推察するしかない時間軸。場所も(ロケは富山でと明らかにされてはいますが)、東京ではないどこかの地方都市(高校と大学は。現在の職場はどこかわからないです。)回想は雨の中を葉山が乗る車に近づく泉から始まります。一瞬これも現在なのか過去のどの地点なのかわかりにくいです。そしてこれは回想だからこそだと思いますが、矛盾点が多々あります。卒業式のシーン。泉は葉山の髪についた桜の花びらを取ろうとしますが、入学式ならまだしも卒業式のシーズンに桜って早いですよね。ここは桜を取ろうとした泉の手を葉山が掴みキスをする大事なシーンですが、本当に桜が付いていたんでしょうか。また大学時代、寝込んだ泉のお見舞いに葉山が泉のアパートに来るシーン。泉は高校の近く(=地元)の大学に通っているんですよね。なのに部屋は一人暮らしっぽい。地元なのに実家暮らしの描写がない(小野は実家が京都で家族も登場する)。そんな「ん?」と引っかかる場面がちょこちょこあって。あー、これは泉によって泉に都合良く記憶が書き換えられているんじゃないか。私たちが観ているものは「泉の回想」であり、「泉の過去の事実」ではないんだと気付きました。思い出は美化されると言います。なので葉山はより美化され、小野はより劣化されている可能性もある。時代も場所も、葉山も小野も泉さえも全て曖昧な回想の中のもの。



■幼稚で愚かで滑稽
あえてこの作品の感想を端的に言うなら「幼稚で愚かで滑稽」です。「恋愛は自分が主体になると幼稚で愚かで滑稽なものだ」ということを描いた作品なのかなと思います。泉と小野はもちろんですが、2人は若いんですよね。20歳前後の恋にありがちな我が儘や独占欲や嫉妬。それは年相応で若さ故のもの。一方葉山は社会人で既婚者です。表立っては大人の男性に見えて実は中身は子ども。大人ぶってる幼稚な子ども。教え子を救いたいという教師的な倫理観を持つ一方で、泉の気持ちを知っていて卒業式にあんなことをする。奥さんのことを話す。思わせぶりなことをする。アンモラルな部分が多い。実は若くない分、葉山のほうが愚かさや滑稽さが浮き彫りなんですよね。葉山は泉に「恋じゃなかった」と言います。葉山は自分では大人だと思っている。だから元生徒=子どもへの恋を否定したんじゃないのかなぁ。この「恋じゃなかった」も色々な解釈ができると思うんですが、私はそう感じました。
泉は葉山とのことを、小野は泉とのことを、それぞれが決着をつけて大人になるんだと思います。葉山も。葉山は結局東京へ戻らなかった気がします。彼も自分に決着をつけ、ようやく本当の大人になる。成熟した大人になるために必要だったそれぞれの子どもじみた恋。



■恋=乞い
葉山を見つめる泉に幸せそうな表情はほとんどありません。冒頭の大学時代、再会のシーンからしてずっと不穏なんですよね。社会科準備室で2人きりになっても全く話が盛り上がらない。好きな人との再会なのにどうして?となるんですが、そこから高校時代が回想され、ああ、こういうことがあったからかぁと納得するんですが。泉が葉山に対して重い口を開くときはほとんど質問なんです。「先生、○○ですか?」という台詞が多い。ひたすら何かを問う、詰問する。泉が必死に問う=求める姿を観ていると、泉の葉山に対する思いは「乞い」なんだなぁと。ある物を与えてくれるよう、あることをしてくれるよう相手に求める。恋の語源は「乞い」だそうです。「先生の力になりたい」「先生のために何でもします」「先生に呼ばれた気がしたから」。求めるのは全て先生のこと。泉の最後の「乞い」は「もう一度先生の部屋に行きたい」でした。そこで葉山に抱かれこの「乞い」を終えた・・・のかな。



■官能
この作品には2つあると思いました。まずはシャワーシーン。髪を切るという行為は官能的ですよね。怒った泉が一瞬鋏で葉山を刺すのかと思いましたがw(それを想起させるような鋏にフォーカスしたシーンもあったし)、泉は「髪、流さないといけないですね」と言って葉山にシャワーを浴びせます。泉の怒りを浴びせられる葉山。予告に使われているシャワーのもみ合いのシーンですが、予告では寸止めになっていますが、泉が葉山を抱き寄せてキスし、葉山は泉を強く抱きしめます。その後、何事もなかったように葉山はソファでうとうとし、泉はDVDを見ている。予告にも使われているソファで葉山が泉を見上げるシーンですが、これ、えーっ!となりましたwあんなに激しく抱擁しておいて、何もないの!?とwいやー、これはあっただろうと。シーンにはないですが、初めてこの時2人は結ばれたんじゃないかと思ってしまいます。その後でないとあんなまったりした雰囲気にはならないでしょうよー。うーん、泉の回想なので、カットされたのかもしれませんが。でもそうなると↓のもう一つに繋がらないんですよねぇ。もう一つの官能シーンは「もう一度先生の部屋へ行きたい」の後ですよね。ひたすら美しく物悲しく「官能」と言えるシーンだと思います。色々な見方ができて、二人が前に進むための儀式として必要だったともとれるし、「乞い」続けた泉に最後に葉山が与えられた「満たし」だったのかもしれない。泉の涙は満たされた故の涙だったと思うので、後者かなぁ。



■希望の光
回想のラストシーン。別れの朝。一人電車に乗る泉の泣き顔を朝日が照らします。唯一と言ってもいいキラキラした光のシーン。あの朝日は希望の光の象徴だと思いました。走り去る電車を見送る葉山。線路で隔てられた二人。葉山に光は当たっていなかった気がします。葉山は幸せにはなれないのかな。やっぱり葉山は東京には戻らなかったと思います。でも泉にもう会うこともなかったとも思う。幸せになることを懐中時計の言葉とともに泉に託したのかな。父から息子へ。葉山から泉へ。止まっていた時が再び動き出す=いい未来の予感で終われてよかったです。



■adieu
終盤、結構周囲の女性は泣いている雰囲気だったんですが、泣けなくて。でもこのエンディングの曲でじわーっと溢れてきましたねぇ。これは現在の泉の心境ではないですよね。雨が降ると懐中時計を取り出し、先生を思い出している。その状態ではまだ「あなたをちゃんと思い出にできたよ」とは言えない。現在の泉からさらに数年経ち、この恋を思い出に変え、もう回想しなくなった泉の気持ちだと思います。いや〜野田洋次郎氏、天才!







作品編だけでこんなにも書いてしまいましたが、まだ「足」のことや「靴」のことも書きたいです。「大人向けのラブストーリー」と言われいますが、↑にも書いたように皆子どもなんですよね。何が大人向けかというと、過去の事実ではなく、泉の回想という手法なので、余白も行間も多く、様々な捉え方、解釈ができて、それを楽しめる。観終わった後も情景が心に残り、こういうことなのかなぁ、ああだったのかなぁと解釈したくなる。文学的なんですよね。小説を題材というのが生きている。そういう点で映画であり、大人向けなんだと思います。松本氏がこの作品に巡り会えてよかった。元々映画は苦手なんですが、この作品で大人の映画の楽しみ方を教えてもらった気がします。一生忘れられない記憶に残る作品となりました。
posted by rico | 23:21 | | comments(0) | - |
Search this site